コンクリートの現状と今後
コンクリート構造物に求められる性能
要求性能の基本
コンクリート標準示方書では、コンクリート構造物の維持管理を行うにあたり、要求する性能を次のとおりに挙げています。
①安全性:耐荷性能、耐震性能、転倒や滑動に対する安全性
②使用性:使用に関する性能(たわみ・振動など)、機能性に関する性能(車線数など)
③復旧性
④第三者への影響度:剥離や剥落、供用に伴う騒音
⑤美観
⑥耐久性:①~⑤が持続する性能
コンクリート構造物が建設された当初の状態から何らかの原因で劣化や損傷が生じた場合、年数を経るごとにその劣化や損傷が進行し上記の性能が低下していきます。これが要求性能を下回ることがないように、定期的に点検を行って劣化・損傷の状況や構造物の性能を早期に把握し、対策が必要となるタイミングで補修や補強を実施して低下した性能を改善させて、要求性能を維持させるのです。この一連の作業がコンクリート構造物における耐久性の確保であり、維持管理の根幹となります。
構造物設計で要求性能を実現させる
あるコンクリート構造物が必要になった場合、要求性能やつくる場所、構造物の規模、種類などを決めるのが計画です。そして、要求性能を満たしたコンクリート構造物を建設するために構造物設計という工程で詳細を検討します。
【構造物の建設設計から維持管理までの流れ】
建設設計 → 構造物設計 → 施工 → 維持管理
構造物設計とは、要求性能を満たす構造形式や材料の指定、部材(壁)の厚さ、鉄筋の太さ・本数、基礎の形式や杭の本数・配置などを定める工程です。
・安全性を確保するために、地震に耐えられる壁厚や鉄筋の本数などを計算する。
・使用性を確保するために、適切な構造形式を検討する。
・第三者への影響度を低減するために、かぶりを厚くしてコンクリート片の剥落を防ぐ。
・美観を確保するために、周辺景観に合った形式、材料や施工方法を検討する。
要求性能に関連して決めなければならないことは非常に多く、多岐にわたります。
構造物設計の手法
建設計画で要求性能が明確になると、次の構造物設計では要求性能の下限を下回る限界状態を想定していたうえで構造物の形や部材の厚さ、鉄筋の本数などを計算で求め、構造物が要求性能における限界状態に至らないことを確認します。このような要求性能を照査する手法を限界状態設計法といいます。
要求性能における主な限界状態の例は下表のとおりです。
【要求性能における限界状態の例】
要求性能 | 限界状態 | 具体的な状態 |
安全性 | 断面破壊 | すべての状態で耐荷性能を保持できない。 |
疲労破壊 | 繰返し作用する力で耐荷性能が保持できない。 | |
安定 | 基礎(杭など)の変形で構造物が不安定になる。 | |
使用性 | 外観 | ひび割れ、汚れで不安定や不快感を与える。 |
騒音振動 | 構造物から生じる騒音振動が周辺環境に悪影響をおよぼす。 | |
走行歩行 | 車両や歩行者が快適に走行や歩行ができない。 | |
水密 | 水が漏れる、透水や透湿で鉄筋が腐食する。 | |
損傷 | 剥離、剥落などでそのまま使用することが不適当。 | |
耐震性能 | 機能喪失 | 地震によって人命に関わる構造物の損傷が生じる。 |
限界状態設計法の前に一般的に用いられていた設計手法は許容応力度設計法といい、鉛直荷重と水平荷重に対する構造物の応力を求めて、これによって生じる各部材の応力度が許容応力度以下になるように設計する方法です。1986年のコンクリート標準示方書の改正まで用いられてきました。これは比較的簡単に設計作業ができる方法ですが、さまざまな条件をまとめて許容値を定めるため、材料や荷重のばらつきなどの精度をあまり考慮できないことや、作用する力に対してどのような負荷がかかり、どのように損傷するのかを明確に説明することが困難でした。そのため、構造物によっては不必要に部材が厚かったり鉄筋が多かったりする場合があり、限界状態設計法が主流となりました。
構造物の耐震性能とは
コンクリート構造物が保有すべき耐震性能については、コンクリート標準示方書では「構造物の損傷が人命に与える影響、避難・救助・救急活動と二次災害防止活動に与える影響、地域の生活機能と経済活動に与える影響、復旧の難易度と工事費を考慮して定めることを原則とする」と規定しています。
ただし、どのクラスの地震が発生しても同じ耐震性能を有していなければならないというわけではなく、地震動の種類に合った耐震性能を持たせます。このような地震の種類と耐震性能については、下表のような関係によります。
【地震の種類と耐震性能の関係】
地震の種類 | 地震動のレベル | 耐震性能 | |
耐用年数期間中に 数回発生する地震 | レベル1 | 耐震性能1 | 地震時に機能を保持し、地震後も 補修しないで使用できる |
直下、内陸活断層に よる地震 | レベル2 | 耐震性能2 | 地震後に短時間で回復、地震後も 補修しないで使用できる |
大規模なプレート境界 地震 | 耐震性能3 | 構造物全体が崩壊しない |
構造物の耐用年数期間中に数回発生する確率の地震動に対しては何ら問題がなく、健全なまま補修もしないで使用できる機能を有しているのが耐震性能1です。多くの構造物はこの耐震性能1と、構造物が崩壊しない耐震性能3で計画されています。これは、構造物の重要度、地震の発生する確率、標準的な耐用年数(40~50年)、費用対効果などから性能レベルを判断した結果です。
ここからさらに重要度が増す構造物などは耐震性能2や耐震性能3を確保するように計画されます。なお、最も厳しい耐震性能を要求されるのは橋梁で、高速自動車国道や都市高速道路、指定都市高速道路、本州四国連絡道路、一般の国道にかかる橋、都道府県道と市町村道のうち、防災計画上等から重要と判断された橋などが該当します。
老朽化が進むコンクリート構造物
道路構造物における老朽化の現状
全国には約70万基の橋梁と約1万本のトンネルが存在するとされています。国土交通省によると、2013年時点で建設後50年を経過していた橋梁(2m以上)が18%、トンネルが20%程度でした。これが2033年には、建設後50年を経過する橋梁が7割近く、トンネルが半数になると見込まれています。そのため、将来的な橋やトンネルの老朽化による劣化や変状への対策を今のうちから考えていく必要があるのです。
コンクリート構造物の老朽化とは
コンクリート構造物の老朽化については、実際にトンネルのコンクリート塊落下事故や橋梁床板のコンクリート片剥落事故などのケースが生じています。では、コンクリートが老朽化することで具体的にどのような現象が起こるのでしょうか。単純に50年経過したからといってコンクリート自体が劣化し寿命を迎えるというものではなく、その現場条件や施工過程により生じるアルカリシリカ反応による内部からの破壊、中性化による鉄筋の腐食、塩害による劣化、凍害による剥離、繰返し荷重による疲労、施工不良(主に不適切な水セメント比)による強度低下、不良材料(海砂、不良骨材)の使用による劣化の促進など、年数を経ることによってさまざまな劣化要因が複合して発生しているのがコンクリート老朽化の現状です。コンクリート構造物も人と同じで、単純に50年経過したから弱るのではなく、50年経過する間に経験する「環境の変化やハードワーク、蓄積された疲労」などによって弱っていくのです。
コンクリート構造物老朽化の問題点と対策
コンクリート構造物が老朽化したことでさまざまな劣化が生じたとしても、ほとんどの事例において対策は確立されています。では、なぜコンクリート構造物の老朽化が問題になっているのでしょうか。
例えば、コンクリート構造物のうち道路インフラを例にすると、次のような問題点が挙げられます。
・対象施設の数が多い(橋梁:約70万基、トンネル:約1万本)。
・施設の性能に差が大きい(高速道路、国道、県道、市町村道)。
・国や県、市町村などで管理体制に差がある。
・予算の確保が難しい(緊急性の高い案件が優先されてしまう)。
・土木技術者が少ない(特に構造物保全に携わっている技術者の不足)。
・点検・診断の信頼性が確保されていない。
つまり、膨大な数の老朽化した構造物があるにもかかわらず、経済面や人材不足などにより対応が追いついていないというのが現実なのです。さらに今後も構造物の老朽化はさらに増加し、その対応も難しくなっていきます。そこで国土交通省では、適切な維持管理を行い施設の長寿命化を図るために「点検→診断→措置→記録→次の点検」のメンテナンスサイクルの確立・運用への取り組みを進めています。
コンクリート構造物と大震災
近年の大震災での被災状況
近年、日本では大きな震災が何度も起こりました。そのうちの1つ、東日本大震災(2011年)では震度の規模は国内観測史上最大でしたが、実はコンクリート構造物自体の被害は比較的小さかったといえます。これは、阪神淡路大震災(1995年)、新潟中越地震(2003年)での経験に基づく地震対策に一定の効果があったおかげだと考えられます。ただし、津波に襲われた地域の被害は大きく、橋梁や建築物の崩壊、道路の寸断、駅舎や線路が流出した箇所が多く発生しました。
地震に対する指針の変遷
構造物を計画する場合、「この構造物はどこまで重要なのか」「どれくらいの強度をもたせればよいのか」など、その要求性能のレベルを決める必要があります。それらの設計手法や基準値を定めたものが各種の設計基準で、コンクリート標準示方書は1931年に制定され、道路構造令が1970年に制定され、1973年に道路橋示方書として鋼橋とコンクリート橋の基準が統一されました。
また、許容応力度設計法から限界状態設計法に移行し、さらにコンクリート標準示方書では、阪神淡路大震災の被災分析を踏まえたうえで耐震設計編を制定し、はじめて耐震性能の照査という概念が導入されました。それ以降、耐震技術の進歩を大きく取り入れているのが特徴です。
大震災に対する取り組み
大震災に対してコンクリート構造物に求められる性能は明確で、壊れないことにつきます。より高強度でより安価に、さらなる技術革新が求められています。
構造物以外の取り組みでは、セメント系固化材による地盤改良が挙げられます。地震時に地盤の液状化現象が問題になることが多いですが、セメント系の固化材で地盤の強度を高めれば液状化を防止することが可能です。ほかにも堤防の基礎部分や道路、既存の基礎部分の補強など、地震への対応策として有効な手段の1つとして挙げられます。
コンクリート業界の未来像
循環型社会への対応
現代社会における大量生産・大量消費・大量廃棄といった社会システムが今後も続いていくと、限りある資源が枯渇し、資源の処分場が不足し、さらに廃棄物によって環境が破壊されていきます。このような問題を解決するための考え方が循環型社会です。これは次の3Rを推進する社会です。
・ごみを減らす(Reduce:リデュース)
・廃棄物も資源として再利用する(Reuse:リユース)
・活用できないものは適正に処分し、再生利用する(Recycle:リサイクル)
このような取り組みにより、天然資源の消費を抑制し、環境への負荷をできるだけ減らすことが求められています。このような社会情勢の中、セメント産業では他の産業で発生した廃棄物や副産物をエネルギーや原料の代替品として積極的に活用していて、循環型社会への貢献が期待されています。例えば、焼却灰などの廃棄物を主原料としたエコセメント、撤去したコンクリートを粉砕してつくる再生骨材、廃タイヤなどは可燃性のゴムを燃料の代わりとして使用できます。
また、通常燃やしきれないタイヤの中に入っているスチールについては、セメントの中間製品であるクリンカの製造に用いると、鉄分としてクリンカに取り込まれます。このクリンカは同じ成分であれば製造過程で取り込まれ、二次的に廃棄物を出さないことから、各種の廃棄物・副産物をクリンカの原料として利用する技術を開発し、廃棄物の受け入れ量を増やしてきています。
進化するコンクリート技術
各産業の技術力の進化は目覚ましく、コンクリートの分野でもさまざまな方向性で進化を続けています。基本的にはコンクリートの短所の克服を目指したものが多いですが、近年では自然環境との共生を目指すといった傾向もみられます。
〇コンクリートの高強度化
コンクリートの水分を減らし、混和剤を加えて強度を高めたものが高強度コンクリートです。コンクリートの強度を高めるということは、部材を薄くできる=軽い構造物となる=基礎の規模を軽減できる=低コスト化へとつながります。
また、耐久性が増して試用期間が長くなり、これも総合的な低コスト化を図ることができます。
〇自然と共生を図るコンクリート
河川の護岸などで用いるコンクリートについては、これまでは治水のために強度のみを重視してきました。しかし近年は環境配慮への関心の高まりから、生態系に配慮した護岸整備も求められる中、耐久性を損なわず土に近づける環境配慮型コンクリートです。通常のコンクリート配合材に植物繊維を添加し、土と同様の吸水、保水、蒸発散、毛管作用の性質をもたせています。
コンクリート業界は社会への貢献を期待されている中、コンクリートの短所の克服、自然環境との共生、材料の再利用など新たな技術開発も進められています。